刊行の言葉編者代表 鈴木泰(東京大学名誉教授,日本語学会会長)
古田東朔の学問研究は、日本語が、国家的・社会的要請から、ほかのどんな時代にも見られない激しい変革にさらされた、幕末から明治を中心とした時代をあつかい、その分野も日本語史、日本語学史、国語教育ときわめて広く多岐にわたっている。具体的には、口語法と文語法、江戸語と東京語、標準語と言文一致、翻訳と漢語、蘭学と英学、国学と洋式文典、学制と教科書、国語国字問題、学者の伝記などの問題をとりあつかっている。そして、その研究は、複雑な政治、社会、文化的要因のなかで刻々と変化する言葉のダイナミズムを複眼的な視点で過不足なくとらえる独自の学風を形成し、学界に大きな影響を与え続けてきた。それは、特に現代語文法研究の基礎を築いたという意味において、今日においても十分評価に値し、その成果は十全なかたちで後世に伝えられるべきものである。その学問を通じて、たとえば口語、文法、品詞などの研究の枠組みとなる現在通用の諸概念が、激しい淘汰を経た結果として現在あることを知り、それらにも相対性を否定できない面のあることに思い至ることは、少しでも日本語を本質的に考えようとする後進にとっては、必要欠くべからざるものであると信ずる。
にもかかわらず、その学問は、これまで著作集のようなかたちでまとめられておらず、その学問の全体像に体系的に接することは極めてむずかしい状況となっている。何層にもわたる錯綜した視点から初めて明らかにされる変革期の日本語が対象であるだけに、その著述は著述同士がおたがいに補いあい響きあい、その先に始めて全体像が明らかになるというようなしくみをもっており、その点からも、個々の著述を一挙に視野におさめることのできる著作集の刊行は、従来からも期待されていたところである。全6巻という形では省かざるをえなかった著述もあり、これでその学問の全貌をあきらかにしえたというのには多少のためらいも禁じえないが、以上が「古田東朔コレクション」刊行の趣旨である。本コレクションが日本語学界のみならず、国語教育、日本語教育、思想史などの隣接諸分野において日夜研鑽を続けている人々の志にもこたえるものとなることを希望してやまない。
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